駄菓子屋さんの・・・ 千葉県 みゆ様

駄菓子屋さんの思い出は、近所の駄菓子屋さんのおばあさんです。

わたしは、当時はやっていた漫画の「あさりちゃん」の
シールのくじにはまっていました。
あたりがでるとシールホルダーがもらえました。
毎日通ってもなかなか出ません。
しかし、ある日袋に当たりの文字が入った紙が入ってました。
するといつも無愛想で怖そうなおばあさんが、
「あたったね。よかったね」と言ってくれました。
私がずっとほしかったのを知ってたんだとおもいすごくうれしかったと覚えてます。

その駄菓子屋のおばあさんは、年をとったので
息子さんのところへ引越しいつの間にか店はしまってしまいました。

子供の頃よく遊んだ公園・・・ 滋賀県 HIROKO様

子供の頃よく遊んだ公園の前に駄菓子屋があって
遊びに行くたびに買っていました。

値段は忘れましたが、粉のジュースが入った
(水でうすめるやつ。プラスチックの瓶に入ってやつです)を買って、
公園の水道でうすめて、友達と飲んでいました。

今考えると不衛生ですが、当時は美味しく懐かしい思い出です。

今は駄菓子屋・・・ 兵庫県 harurunn様

今は駄菓子屋さんを全く見かけなくなりましたが、
私が小さい頃は百円を持って、今日は何を買おうか楽しみでした。

当時は消費税もなく、自分が買う物を自分で計算しながら買いました。
よく行く店のおばあちゃんがとても年をいってるのに計算を間違えないところや、
よく何を買うのか覚えていてくれるのがとても嬉しかったのを今でも覚えています。

こういった人と人とのふれあいいがなくなってきている
今が残念だなと思います。

今でも駄菓子を食べる時、あのおばちゃんが思い浮かびます。

駄菓子といったら・・・ 東京都 さるどん様

駄菓子といったら子供の頃10円で売っていた「ヨーグルト」。
正式な名前は忘れましたが、ポソポソの乳酸菌系の香りがする白いものが
小さなポリ瓶の中に入っているお菓子が好きでした。
当たりくじ付きというのはやはり駄菓子の醍醐味だと思います!
大人になってみるとあれのどこがヨーグルトだったのだろうと思うのですが(苦笑)

25年くらい前・・・ 愛知県 いじゅごん様

25年くらい前の私がまだ小学生の頃、近所に一軒の駄菓子屋さんがありました。
学校が終わると近所の友達と100円を握りしめてよくおやつを買いにいきました。
駄菓子屋での100円は10円、20円の物を何点も買え、
お得感で“100円”の価値がとても大きかったんです。
今ではアイス100円が当たり前ですが、
当時は30円のものも買えてそれで満足だった。

うまい棒のチーズ味めんたい味が大好きでよく買いました。
いまでもうまい棒をコンビニで見かけると買っておいしく食べています。

現在はそのいきつけだった駄菓子屋も閉店されており、
コンビニやスーパーが当たり前の近所の子供達には
『子供だけの憩い場』みたいなものがないんだなぁって
ちょっぴりかわいそうにも思います。
現代のコンビニと駄菓子屋とはまったく違う子供の社交場でした。

大好きだったおばあちゃん・・・ 大阪府 めろんぱん様

大好きだったおばあちゃんから、10円、20円ともらっては、
よく近所の文房具屋さんへ走って行きました。
文房具屋さんと言っても、今で言うコンビニみたいなものでしょうか。
子供が喜びそうな物がたくさん売られていました。
中でも、紐を引いて大きな飴玉を当てるのが大好きで、
何度もチャレンジしたものです。でも、結局、1度も当たらなかったな・・・
本当に大玉って、あったのかしら???

子供の頃、近所・・・ 東京都 ダックスMAMA様

子供の頃、近所にあった駄菓子屋さん『ますみや』。
おじいさんが一人でやっていた狭くてボロいお店だったけど、
いつも子供達が沢山来ていた人気店。
毎日のように小銭を握りしめ駄菓子を買いに行っていた。
おじいさん手作りの新聞紙で作った袋に入れてくれたのが懐かしい。
おじいさんが亡くなって閉店してしまったのがとても悲しかった。
そんな私も二人の子供ができ、出かけた先で駄菓子屋を見つけると
子供達と山のように買ってしまう。
駄菓子は大人を一瞬で子供に戻してしまう不思議なお菓子だと思います。

孫をつれて駄菓子を・・・ 大阪府 えみ様

孫をつれて駄菓子を買いに言ってみると、子供に買ってあげたものもあるし、
自分が子供のころ食べた記憶もあるものがあり、なつかしくなった。
今は大阪に住んでいるが、子供のころ過ごした岡山には、
きびだんごを串に3つさして包装したものを売っていたが
今もあるのだろうか、みやげでもらうきびだんごとは
ひと味違うように思える。

駄菓子屋さんは小学生・・・ 山口県 糸引きいちご様

駄菓子屋さんは小学生の時、近所のおばあちゃんの家の庭先がお店で
それはそれは小さい子供が5人も入ればいっぱいのお店でした。
「えびせん」「ガム」「コリスラムネ」などいろいろありましたが
中でも「糸引き飴」が特に好きで沢山の糸の中から一本でけ引いて
当たれば他の飴の三倍くらいの大きいいちごの形をした飴でした。
あのおばあちゃんは今でも忘れません。

幼い頃私の住む田舎・・・ 和歌山県 紅いバラ様

幼い頃私の住む田舎に一軒有った駄菓子屋さんでは
全てバラ売りだった毎日通っているのに
いつも小母さんがイライラするほど考えて
イチゴ飴を1個ハッカ飴を1個と告げるやっと決まって
最後にはずせないのが当時雀の卵と言われていた豆菓子です。

今おしゃれな駄菓子屋が増えて店内は大人の数の方が多い
もちろん素通りはできませんあれもこれも懐かしさがいっぱい
目が輝いていると夫は言うが
店内に足を踏み入れると一瞬にして遠いあの日に帰ります。

幼稚園から小学校まで・・・ 宮城県 かりん様

幼稚園から小学校までよーく駄菓子屋さん通いしてましたが
大人になるにつれとんと縁がなかったのですが
結婚して子供が生まれて子供が小学生に上がる前あたりから
また一緒になって駄菓子屋さん通いしていて親子2代で楽しんでいます。